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九州電力大村発電所引込線を行く

どうも、うみみちです。

今回は、昭和49年まで使われていた大村線松原駅からかつて出ていた引き込み線の廃線跡を歩いていきます。
詳細については、下のURLからごらんください。
http://www6.ocn.ne.jp/~fukusige/ayumi/omura-hatsudensho/hatsudensho04-shoshisetsu.html

松原~九電大村発電所
※探索日が雨が上がったばっかのどんよりとした日だったので見づらいですが、ご了承ください。
出発地点は松原駅。
松原駅の上りホーム腋には線路1本分のスペースがある。今回はそこからスタート。
九電大村 1
竹松方面に進んでいく廃線跡は、やがて道路橋に当たるが、引き込み線は右の橋の下を通っていたのか?
九電大村 2
橋の上から線路を望む。
左が大村線の線路、赤く囲まれた部分が廃線跡。ただし、大きさについてはもしかしたら間違っているかも?
九電大村 3
先ほどの廃線跡はやがて国道34号線の橋のたもとに見えてくる。
九電大村 4
※松原駅方面
九電大村 5
やがて、廃線跡はくっきりと分かりやすくなってくる。
写真は国道に沿ってカーブする廃線跡。
九電大村 6
歩いていると廃線跡の上には家やログハウス(何の建物だったか忘れた)が建っているものの、面影は残っている。
そしてこの廃線跡最大の遺構である橋梁跡がお目見えする。
橋梁跡のところには会社の敷地を表す社標があった。なお、社標には九州電力のマークが書かれていた。
ちなみに線路は海へ向けてカーブしていく。
九電大村 7
九電大村 8
廃線跡をたどると、海へ向けて繋がる一直線の道が。この道が大村発電所に繋がっている廃線跡。
なお、取材日には来なかったもののこの道路は大型のトラックも通るよう。注意していただきたい。
九電大村 9
廃線跡をたどっていくと広場に出てくる。そして、柵の向こうが発電所(現在は発電していない)がある。広場が一応探索できる廃線跡の終端部とし、柵の向こう側にはいりたかったが、もちろん立ち入り禁止の為はいることが出来なかった。
九電大村 10

編集後記
前回は長崎港支線を歩いたが、それは遊歩道に整備された区間がほとんどでどことなく廃線跡の印象が薄く感じた。
今回の廃線跡は、わずか10数年で活躍を終えた哀れな路線である九電大村発電所引き込み線であるが、遺構も多く、また社標もあり、引き込み線らしさを感じることが出来た。
廃線跡を歩くことは、雨上がりなどの理由もあり危険と感じたため歩いてはいないが、廃線跡は整備されてないからこそ良い雰囲気があるのだと思う。
バラストらしき石も転がっており、それが嬉しかった。
ちなみにだが、廃線跡は距離的には短くて歩きやすかった。
松原駅 道路橋から
※松原駅を望む
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長崎港支線跡を歩く

どうも、うみみちです。

先日、長崎~長崎港(一応港は「こう」ではなく「みなと」らしいです)を結んでいた貨物支線8開業時は旅客輸送も行われていたが晩年はそうだった)の跡を歩いてきたのでその報告です。

長崎~長崎港
廃線跡が確認できるのは駅から少し離れた地点。
駅から出島方面へ歩いて1つめの交差点を右に曲がると「元船遊歩道」があり、そこが廃線跡のよう。
しかし、その脇に鉄橋らしき物があった。もしかして・・・そっち?と思いつつ、遊歩道付近が廃線跡であるのは間違いないためそこを歩いていくことに。
(写真は特記以外長崎港方面撮影)
長崎港支線 1
長崎港支線 2
分かりづらいが遊歩道には列車のイラストが描かれてあった。
長崎港支線 3
この遊歩道を歩いているとよく道路と交差するので注意が必要。
まあ、それほど踏切が多かったわけですが・・・。
廃止後30年近く経っているので、アスファルトの舗装痕に違いが見受けられなかった。
まあ、とりあえず踏切跡の写真を。
長崎港支線 4
しばらく歩いていたら倉庫が出てきた。
港町の支線らしくなってきて気分上々で歩いていた。
立派な倉庫で、古い建物のよう。
倉庫の手前にはスペースがあるので、もしかしたらココに列車が停車していたこともあったかも?
長崎港支線 5
廃線跡を歩いてたら眠る猫を発見。
ここが廃線跡だって知ってるのかな?
ちなみに「ス~ピ~」とイビキかいていました。人になれているんだな、ウチの近所の猫は近づいただけで走って逃げることがあるのに。
ぬこさん
ビルとビルとの間にある廃線跡はなかなかわかりづらい?
※長崎駅方面を向いています
長崎港支線 6
遊歩道の終端は中島川河口に当たる。
そこには橋台がどちらとも残っていた。橋脚は残っていなくてちょっと残念。
ちなみに長崎港側はちょっとした史跡として残っており、SLの動輪が置かれているほか、説明板もある。
写真は上から長崎港側の橋台、長崎駅側の橋台、長崎港側の橋台ふきんの様子。
長崎港側の橋台ふきんは動輪が置かれているため、観光客の注目を集めていた。
長崎港支線 7
長崎港支線 8
長崎港支線 9
橋台ふきんに置かれていた物。
上からSLの動輪と説明板、信号機っぽい何か。
長崎港支線 10
長崎港支線 11
ちなみに昔のこの付近の写真(説明板から)
奥の方が長崎港駅になる。
長崎港支線 12
長崎港駅については痕跡が見あたらなかったのだが、一応そこらしいと思う場所があったので掲載しておく。
場所は美術館や税関の近くの駐車場。
長崎港支線 13

編集後記
長崎港支線は、ひっそりと消えつつも決して忘れ去られたわけではない。
それをあの説明板などが示している。
しかし廃線跡らしいとは決して言えなかった。
私が語るのも何だが、廃線跡はやはりひっそりとしていたほうがより雰囲気が出るかもしれない。
忘れ去られてはいるかもしれないが、ひっそりとどこかに面影を残しているから廃線跡は面白いのであると思う。
廃線跡だけでなく、戦争の遺跡や廃墟なども同じだと思う。
だが、歩いてみて「ここに列車が走っていたのか」と思うと感慨深い話である。
長崎港支線は「あかつき」等の有名な夜行列車の他、高速鮮魚列車の代表格「とびうお」も乗り入れていたようである。よっぽど重要な路線であったのだろう。
長崎港の記憶

廃線跡の記事について

どうも、うみみちです。

私のブログでは廃線跡の特集もはじめていますが、私の住んでいるところからだと遠いこと遠いこと。
多くは海軍都市の佐世保やその近郊、大村に多いようです。
長崎にも廃線跡はありますけどね(国鉄長崎港線など)
調べてみると、やけに炭坑関係の引き込み線が多いようですな。
炭坑関係ではありませんが、松原駅の廃線跡も「九州電力大村発電所引き込み線」だったということです。
機になる路線も多いですが、訂正ポイントとして・・・というか壮大な勘違いがありましたのでお知らせいたします。

なんと、雲仙鉄道愛野~愛津の廃線跡は・・・国道ではなかったんです。
どうやら、少しずれたところにあったようなので訂正しておきますし、暇があればまためぐってみようと思います。
まあ、長崎の廃線跡をめぐり終えてからかもしれませんが。

とりあえず、有名な廃線跡もめぐりつつ最終回は「島原鉄道南目線」にしようかと思うのでこうご期待。

ちなみに注意
・草ぼうぼうだったり、立ち入り禁止の場所には進入しないようにしようと思います。特に、ここから先の季節は蛇や虫などが大量発生するので危険が多いです。ですので、このような場合はデキル限りの撮影を行いたいと思います。
・間違いがありましたら、即座にお知らせして欲しいです。そうではないと、ずっと思いこんだままになってしまうので。
・廃駅等のリクエストもあれば、向かってみようと思います。
雲仙鉄道跡 7
※雲仙鉄道廃線跡(愛津~水晶観音にて)

雲仙鉄道跡を歩く(1)

どうも、うみみちです。

マヤを撮影しに行ったあとに愛野から千々石まで歩いたのでその記録です。
今後歩こうと思ってる方の参考になればいいなと思います。

愛野(当時 愛野村)~愛津
スタート地点は愛野駅。
密かなカップルのスポットとしても知られ、結婚式が行われた駅でもあります。
さて、そんな愛野駅の駅舎のわきにはこんな記念碑が。
雲仙鉄道跡 1
ここがスタート地点に間違いないようだと確信しながら歩いていきましょう。
さて、廃線から約70年くらい経ってるのでどこが廃線跡なのか分かりづらくなってしまっていますが、駅前のこの道路が廃線跡で間違いないと思います。
雲仙鉄道跡 2
※愛野方面
この道路に接続する国道を千々石方面へ歩いていきます。
途中には「タクシー博物館」なるものが。
まあ、タクシーをデデンとおいてるだけみたいですが。
さて、しばらく歩いていますと「浜口」交差点が見えてきます。
ここは右側にそれると細い1車線道路があるのですが、それが廃線跡だと思われます。
写真では直進した先の細い道路のことを表します(矢印の部分)
雲仙鉄道跡 3
※愛津方面
そしてこの道路を歩いていますと三岐路があるわけですが、三岐路は左を曲がって住宅地の方へ。
住宅地の中には十字路があるわけですが、ここは右に曲がって行きます。
そうして見えてきたのが愛津駅なのです。
雲仙鉄道跡 4

愛津~水晶観音
さて、愛津の次の駅「水晶観音」へ向かいます。
ここからは普通は道路だと思われがちですが、ここは田畑の中を通る農道だと思います。
矢印の指しているところが廃線跡だと思われます。
雲仙鉄道跡 5
※水晶観音方面
しばらくしますと廃線跡は茂みに隠れますが、茂みの中では勾配があるようで発見した廃線跡とも思われるところは、いかにもな雰囲気を出していました。
これが見られるのは「三軒茶屋」バス停の近くの住宅の裏です。
雲仙鉄道跡 6
※水晶観音方面
そして道路に戻り、道路に沿って歩きますと自転車道路が見えますが、それが廃線跡です。
廃線跡は自転車道路に転用される例が多く、例として鹿児島交通(鹿児島)の廃線跡(りんりんロード)や下津井電鉄(岡山)の廃線跡(風の道)などがあります。
しかし、ここには特に愛称はないようです。
雲仙鉄道跡 7
※水晶観音方面
なお、この道は終点まで歩いて間違いはありません。
ちなみに水路を渡る部分には石積みの橋脚がありました。
さて、国道と接続したら愛野展望台方面(左)へ歩いていきますと見えてくるのが水晶観音駅です。
記念碑の建ってる部分はホーム跡かもしれません。
雲仙鉄道跡 8

水晶観音~浜
さて、雲仙鉄道で最も短い1.1㎞の区間を歩いていきます。
この区間は国道沿いを歩くこともありますので十分注意が必要です。
さて、国道沿いをずっと歩いてますと大きな台地が見えます。
雲仙鉄道跡 9
※浜方面
これは「千々石断層」と呼ばれる断層の一つで、島原半島ジオパークの一つです。
ここを登る国道は急勾配のようです。
そして、その断層の勾配の近くにこのような分岐があります。
雲仙鉄道跡 10
※浜方面
ここを右に進んでいきますと住宅が建ってますが、そこが廃線跡でしょう。
雲仙鉄道跡 11
※浜方面
この裏手には廃線跡と思われる部分が存在してるのを海沿いの道路にあった記念碑のところで確認できましたし、
少なくとも記念碑の建ってる道路は廃線跡ではないと考えられます。
ちなみに、浜駅の表し方が異なる場合がありまして。と、言いますのも水晶観音駅と浜駅では普通に「濱」と表記されてましたが千々石駅では「唐比浜」と表記されてました。
このような違いを探すのも良いんですが、どちらが正しいのかわかりません。
雲仙鉄道跡 12

浜~千々石
さて、雲仙鉄道で最も長い4.4㎞を歩いていきます。
しばらく歩いてますとこのようなものが見えて参りますが、これが廃線跡でしょう。
雲仙鉄道跡 13
※浜方面
さて、千々石駅へ向けて歩いていきましょう。
しかし・・・といってはなんですが、この区間は同じような光景が続きますので特筆する点は少ないのですが、ただ歩いていますと精神的に大ダメージを受けます(私の場合)
実はこの区間のほとんどに建物は存在しないのです。
廃線跡の道路も交通量が少ないので寂しい気持ちになるんです。
正直歩いていて私、泣きそうにもなりました。
そのような区間ですが、景色は最高です。
雲仙鉄道跡 14
※千々石方面
このような風光明媚な区間ですので観光鉄道として再生出来なかったのか?と思いの方もいるかもしれませんが、小浜駅の立地条件が悪すぎて再生するどころの話ではなかったようです。
しかし、歩いていますと清々しいとも感じられましたね。
そうして歩いてますと国道にたどり着けました。
雲仙鉄道跡 15
※浜方面
左の道が廃線跡です。
右の道は愛野展望台へ通じる国道です。
そして国道沿いを歩いてますと「千々石海水浴場前」というバス停があります。
そのバス停の小浜方面乗り場にあるのが千々石駅の記念碑です。
雲仙鉄道跡 16

(1)はここまでですが、(2)については公開予定が未定です。
(2)では残りの小浜までの区間を公開しようと思いますが、未だに撮影しておりませんので撮影でき次第公開しますね。
それでは、9.3㎞のご紹介を終わりますね。
わかりづらかったら申し訳ありません。
プロフィール

うみみち

Author:うみみち
ブログ終了のお知らせ。今後はサイトを更新していきます。
詳細は、11月3日。

~プロフィール~
在住・・・長崎県
職業・・・中学生
好きな車両・・・885系(黄帯編成)
趣味・・・鉄道撮影、ニコニコ動画で動画見るなど多数。
好きな食べ物・・・りんごとか色々
嫌いな食べ物・・・卵とか
その他・・・アニメが好き(特に銀魂)。

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