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島原鉄道キハ2500/2550形

どうも、うみみちです。
2501
島鉄の主力となったキハ2500形の第1号車。
登場から18年も経っているとは思えないほどの性能の良さを発揮しつつ、今日も島原半島を駆け回っている。
ちなみに、2500形の12号車は廃車となっているようだ。
島鉄キハ2553
島原鉄道最新鋭の2550形第3号車。
平成23年登場ということで、車内も従来の車両とは違って雰囲気がある。
元は上記のキハ2500形第12号車の代替として製造されたものである。

島原鉄道キハ2500/2550形は平成6年から製造されていた車両。
島鉄の旧型機同社の置き換えなどを目的に導入され続けた新潟トランシス製造の軽快気動車。
それぞれ一見すれば似ているが、ブレーキ性能が2550形が強いという違いなどがあり、また2550形第3号車は平成23年度製という事もあって、島鉄の車両としてはなかなか異彩を放つ存在にある。
ワンマン運転に使用されることが多いが、ラッシュ時を中心に2両や3両編成で活躍し続ける。
なお、今後は増備されることはないとは思われるが、島鉄の車両数はギリギリのようであり、1両でも事故廃車となったら増備されることもあるかもしれない。
ちなみに、エンジン音が妙に人気があるようで・・・まあ、私も好きなんですけどね。
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長崎電気軌道150形電車

どうも、うみみちです。
151 浦上車庫
150形は昭和31年に箱根登山鉄道小田原市内線から譲渡された。
しかし、改造によって面影がほとんどなく、小田原時代から残っているものはわずかな機器類のみとなっている。
ちなみに、小田原からさらに元を辿れば都電の前身である王子電気軌道や東急世田谷線の前身である東急玉川線の車両である(5両在籍していた)
現存している車両は元152号で、王子電気軌道の車両に当たる。
150形 蛍茶屋
蛍茶屋に到着する150形。
150形の本線走行は滅多になく、貸切運用や車庫構内移動を除けば3000形のグッドデザイン賞受賞記念電車パレード以来だと思われる。
定期運用にも使うことが出来ない車両であるため、先述の通り本線上を走行するのは珍しいのである。

長崎電気軌道150形は昭和31年から長崎で活躍する車両である。
箱根登山鉄道小田原市内線から転属してきた車両だが、元を辿れば都電だったり東急だったりとなかなか複雑な形式。
長崎転属の時に今のようなスタイルとなったが、実際言ってみると「小田原時代の面影がほとんどない」のである。
わずかな機器類ぐらいが小田原や東京からの生き残りであり、車両の大半が長崎時代に変更されている。
5両在籍していたが、ワンマン化していなかったことが災いし、1980年代に廃車となっていった。
今残っている151号は、番号振り替えにより151号となった元152号である。
スマートカード非対応ということで営業運転には使われず、本線上を走行するのもあまりないことから本線上を走っていた場合は迷わず撮影しておくことを絶対オススメしておく。
ちなみに塗装は小田原時代の塗装である。爽やかな塗装であるため、長崎の他の電車との見分けがすぐにつくだろう。

長崎電気軌道160形電車

どうも、うみみちです。
168号 長崎駅前(1)
日本最古の木造ボギー車として知られる160形は明治生まれ。
昨年でデビューから100才を迎えたご長寿電車であり、これは長崎電気軌道より年上。
160形は元西鉄電車である。
168号 車掌さん
ワンマンカーではないため車掌が乗務しているのも特徴である。
ちなみに過去には170形という兄弟車両もおり、そのうちの177号は西鉄での分類ミスが原因で170形に編入されたという珍車。
ミスがなければ160形となっていた。

160形は明治44年(1911年)に九州電気軌道1形として福岡でデビューした電車。
西鉄発足の後、戦後には福岡市内線で活躍していたが1958年に転属してきた。
ワンマン化実施はされておらず、1970年頃から廃車となっていった。
ほとんど解体されたが、162号は長与町のあやめ保育園で保存されていたが、惜しまれつつ解体となった。
残ったのは168号のみで、1時期は長崎電気軌道の戦前戦後の標準色である緑1色となっていたが、1985年にデビュー当初の姿に近い今の姿に復元されて今に至る。
2011年5月で100才の誕生日を迎えたが今なお臨時ながらも現役で走ることが出来る。運行される日は6月10日(路面電車の日)、10月14日(鉄道の日)、11月16日(開業記念日)の3回のみ(多少日程のズレがある場合もある)だが、貸切やイベントなどで走行されることもある。
なお、スマートカードには対応していないため、運行される時はお金を握りしめて乗って欲しい。

長崎電気軌道600形

どうも、うみみちです。
601 浦上車庫
長崎電気軌道600形は700形と同じ時期に長崎に転属してきた元熊本市電。
熊本の生活の年月より長崎での生活の年月が長いという変わった電車。
塗装は熊本市電当時の物のようだが、あまり存在感がない?
601 車内
車内の様子。
やはり床は木造・・・っていうか転属車はほとんどが床が木造なのだろうか?
電灯(チューブランプ)もレトロな雰囲気がする。

長崎電気軌道600形は昭和44年に長崎に転属してきた。
元熊本市電170形として2両が1953年に新木南(きなみ)車両で誕生した物の、熊本市電では折り戸や前後ドア配置という熊本では扱いづらい構造だったため1966年休車の後転属してきた。
長崎では構造が200形などに似ていたことから、使いやすい車両であったようだったので乗務員に好まれていたようだ。
現在では非冷房のため定期運用を持っていないが、イベントなどで走行するところを見ることが可能。
ワンマン化のほか、スマートカードにも対応しているため定期運用にも持てないことはない。
あくまで私の私論だが、長崎には廃線になった路面電車事業者からの転属が多いため、その車両の知名度は高く、一方で600形は今でも運行している熊本からの転属とあってか、なかなか影も薄れがちのようす?

長崎電気軌道700形

どうも、うみみちです。
貸切電車
700形は1969年から長崎で活躍する元都電2000形。
都電杉並線で活躍していたため、杉並線で活躍していた車両で走行できる・・・いや残っているのはこの車両だけなのかもしれない。
そのため長崎では珍しいスリムな車体が特徴。
701 車内
700形の車内。
やっぱり床は木造であり、レトロな雰囲気が漂ってくる。
長崎ではスリムな車体が災いし、ラッシュ時にあまり重宝されてなかった。

長崎電気軌道700形は元は昭和26年に都電で誕生した2000形であった。
2000形は戦前にも製造されていたが、改造により2500形に改番されているため今回の2000形とは全くの別グループである。
2000形は1067ミリの杉並線で活躍していたが、杉並線が廃止になるため、1372ミリの珍しい軌間の台車に履き替えた後杉並線から撤退。その後、活躍していた区間が廃止になったため一部車両が1435ミリの長崎電気軌道を走るためまた台車を履き替えたのである。日本でもこれだけ台車を交換する車両は珍しいのである。
長崎導入後はワンマン化などの各種改造も行われ、1985年には701号が塗装の復刻を行った。
非冷房なので定期運用を現在では持たないが、臨時や貸切で時々走っている姿を見られることがある。また、いざとなればスマートカードにも対応しているため定期運用で走ることが出来る。
しかし、長崎では狭い車体のためラッシュ時に混んでいる車内を通り抜けづらいという話もあるため、専らラッシュには重宝されていないようだ。
かつては703号が、五島市内のうどん屋で保存されていたが2008年に解体された。貴重な車両かつ塗装もクリームに緑の2色に赤帯という貴重な塗装であっただけにもったいない。
http://www.geocities.jp/preserved_cars/gotou/nagasaki-tram.html
プロフィール

うみみち

Author:うみみち
ブログ終了のお知らせ。今後はサイトを更新していきます。
詳細は、11月3日。

~プロフィール~
在住・・・長崎県
職業・・・中学生
好きな車両・・・885系(黄帯編成)
趣味・・・鉄道撮影、ニコニコ動画で動画見るなど多数。
好きな食べ物・・・りんごとか色々
嫌いな食べ物・・・卵とか
その他・・・アニメが好き(特に銀魂)。

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